2023.4.3掲載

田中優月さん

博士前期課程修了(2022年度)

海藻多糖由来の新しい希少糖アルギン酸デオキシ糖の生産

CHAPTER 01

現在に至るまで

高校生の時,化学が好きで食品に関する研究をしたかったので三重大学 生物資源学部 生物圏生命化学科に入学しました.学部生の時,様々な専門の授業を受講し,先生方とお話しして酵素を使った「ものづくり」に興味を持ったので研究室は分子生物情報学教育分野(分子生物情報学研究室)を選びました.卒業研究では酵素を使った糖の生産に取り組み,将来,食品関連の企業で研究開発に携わりたいと思い,大学院に進学しました.大学院でも酵素を使った応用研究に取り組み,これらの成果が評価され,2021年度日本農芸化学会中部支部企業奨励賞,2022年度日本応用糖質科学会大会ポスター賞,化学誌Moleculesの掲載,2022年度学業優秀学生(学長表彰)を受賞しました.

CHAPTER 02

海藻バイオマスからのバイオ燃料生産

再生可能エネルギーの一つにバイオ燃料があり,第一世代のバイオマスはトウモロコシやサトウキビ,第二世代は陸上植物由来の木質系バイオマス,第三世代は水生植物である微細藻類と大型藻類です.大型藻類は,「海藻」であり,生産性,CO2 固定速度,CO2 固定量において木質系バイオマスよりも優れています.海藻は,褐藻類,紅藻類,緑藻類というグループに分類され,これらは水生植物の9割を占めています.コンブやワカメは褐藻類であり,褐藻類が最も多くの生産量を占めています.日本は世界第6位の排他的経済水域を持ち,褐藻類の養殖技術に長けています.褐藻類を利用したバイオ燃料生産技術を確立することができれば,大気中のCO2 を増加させない「カーボンニュートラル」な社会を実現することができます.

CHAPTER 03

アルギン酸デオキシ糖(DEH)とは?

褐藻類にはアルギン酸と呼ばれる糖が最も多く含まれます.アルギン酸はマンヌロン酸とグルロン酸から構成された難分解性多糖であり,バイオ燃料生産に用いるにはグルコースのような単糖にまで分解する技術が必要です.ある種の海洋微生物は,アルギン酸分解酵素であるアルギン酸リアーゼを発現し,アルギン酸を分解して不飽和ウロン酸を生成し,その後,直鎖状の単糖でグルコースに近い分子量であるアルギン酸デオキシ糖(4-deoxy-L-erythro-5-hexoseulose uronic acid; DEH)を生成します(図1).DEHは,これら微生物の中間代謝物であり,DEHだけを抽出することは困難です.また,現時点ではDEHは試薬としても販売されていなく,希少な糖でもあります.

我々の研究グループは,褐藻類を腐敗させる能力が高い海洋微生物であるFalsirhodobacter から新しいアルギン酸リアーゼを発見しました.Falsirhodobacter は,エンド型のアルギン酸リアーゼであるAlyFRAとエキソ型のアルギン酸リアーゼであるAlyFRBを発現し,DEHを生成します.

さらに我々の研究グループでは,酵母がDEHを代謝することができるようにその代謝経路を改変し,DEHからエタノールを生産することに成功しています.そこで私の研究はアルギン酸を原料とし,AlyFRAとAlyFRBを使ってDEHを安価に大量生産することが目的でした.

CHAPTER 04

2種のアルギン酸リアーゼを用いたDEHの生産

まず初めに,大腸菌を使ったAlyFRAとAlyFRBの組み換え酵素を作製し,これら組み換え酵素の大量生産を行いました.これら2種の組み換え酵素を用いて実験を行ったところ,基質であるアルギン酸ナトリウムはほぼ分解され,DEHのみを生成することに成功しました(図2).

CHAPTER 05

AlyFRAとAlyFRBの固定化酵素を用いたDEHの大量生産

酵素は特定の化学反応の反応速度を速めるタンパク質の触媒です.酵素は水溶性のタンパク質なため反応溶液から酵素のみを取り出すことは困難です.また,酵素を製造するコストは高いので酵素を再利用することができれば全体のコストを下げることができます.これらの問題を解決するために,ゲルの中に酵素を閉じ込めることで反応溶液から容易に酵素を取り出すことができる固定化酵素技術を使って実験を行いました.材料として海藻由来の多糖であるκーカラギーナンを用いて図3のようなゲル状のAlyFRAとAlyFRBの固定化酵素を作製しました.これら固定化酵素をアルギン酸ナトリウム溶液に1日浸すことで酵素反応を行い,次の日に固定化酵素を取り出して新しいアルギン酸ナトリウム溶液に浸すことで酵素反応を行いました.このようなバッチ反応を繰り返し行った結果,7回繰り返しても基質であるアルギン酸ナトリウムはほぼ全て分解され,DEHを生成することが分かりました.このような簡便な操作で酵素を何度も繰り返し利用することができ,DEHを安価に大量生産するための基盤技術を確立することができました.

CHAPTER 06

今後の展望

海洋再生可能エネルギーなどの海洋関連二酸化炭素排出削減技術を「ブルーリソース」と呼びます.DEHはグルコースのような基幹物質であり,ブルーリソースとしての活用に期待できます.今後は海藻から直接DEHを生産できるような研究を進めることができればと思います.酵素を使うことで難しい反応も穏和な条件で反応を進めることができ,環境に配慮したDEHの生産が可能となります.DEHはブルーリソースだけでなく,機能性食品や創薬としての可能性もあり,DEHを活用した製品が世の中に出ることを期待しています.

CHAPTER 07

未来の三重大生へ

生物資源学部は研究室の数も多く,様々な専門分野の先生がいます.研究室では興味のある研究をとことんすることができます.実際に私も酵素の研究がしたくて現研究室を選びました.生物資源学部では研究を行うための様々な実験装置や器具が揃っており,指導教員の先生とディスカッションを繰り返すことで納得のいくまで研究に打ち込むことができました.また,大学院では研究や学会発表を通じて酵素や糖質に関する専門的な知識やその業界の取り組みや内容も知ることができました.そのような活動を続けることで私は念願だった酵素に関する事業を展開する企業に就職することができ,4月から研究開発を行います.


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